天照大御神のビジョン
ビジョンで視た崇高なお姿は、スピリチュアルな体験の中でも特に印象深いものでした。
1996年、ナレンドラが日本の静岡のあるお寺でヒーリングや瞑想の講師をしていた頃、2人の日本人とともに夜遅くまで霊的な事について話しあっていた時のことです。
夜中の3時ごろ、急にナレンドラの前に白い雲のようなものが顕われ、その場面が海に変わったのです。その時彼の目は閉じられており、その光景を彼は第三の目(第5チャクラ)で見ていました。
雲の向こうから黒い長い髪で真っ白い古典的なドレスを着て、頭には王冠をかぶった女性が顕われ、彼の方に近づいてきて、彼の身体を一瞬にして通り過ぎて行ったのです。美しい日本的な顔(現代の日本人の顔とは若干違ってもう少しふっくらした感じ)のその人物を彼は見たこともなく、会ったこともありませんでした。
その時話をしていた日本人のうちの1人は霊的なお坊さんであり、彼によるとその後しばらくナレンドラの顔はまるで光を発しているように輝いていたと言うのです。
翌日、前の晩に話し込んでいた日本人と道を歩いていたところ、古びた新聞の切れ端が落ちているのに目がとまりました。拾い上げて見ると、そこに描かれていたのは、深夜ナレンドラのビジョンに出てきたその人物の姿でした。その記事をいっしょに歩いていた日本人に見せたところ、それが日本の神、天照大御神であることがわかったのです。
天照大御神は、日本の神道における最高神であり、太陽神としても崇められています。このビジョンは、私のスピリチュアルな感性を大きく揺さぶり、日本の神聖なエネルギーとの深い繋がりを感じさせてくれました。
天照大御神のお姿は、眩いばかりの光に包まれ、神々しさと慈愛に満ちていました。その存在は、まさにスピリチュアルな次元からの訪れであり、私の魂に深い癒しと導きをもたらしてくれました。
このビジョンを通じて、私は日本の伝統的なスピリチュアリティと、自身のインド由来のスピリチュアルな知識が融合する可能性を感じました。天照大御神の存在は、文化や伝統を超えた普遍的な神聖さを象徴しており、私たちの魂の成長と進化を導く力強い存在であることを実感しました。
このような崇高なビジョンは、スピリチュアルな成長の過程で重要な意味を持ちます。それは私たちの意識を高め、より深い次元での気づきをもたらしてくれるのです。
しかし、何故かわかりませんが、その後ナレンドラは日本で多くの幽霊に遭遇するようになったのです。

